「近現代の新潟」は、明治維新から第二次世界大戦にいたる社会変動の中で近代化した新潟県の姿を、明治・大正および昭和戦時下の生活・文化とともに紹介します。さらに、戦後の時代を通して発展し、さまざまな問題に直面した新潟県の姿を示しつつ、未来に向かうあゆみを望む展示とします。
生活の面では、江戸時代からの伝統的な文化とともに、大衆文化の華が開き、より豊かな生活を人々が楽しむようになったことを紹介します。
新潟県域の明治維新(めいじいしん)は、北越戊辰戦争(ほくえつぼしんせんそう)の戦火の中で幕を開けました。やがて新潟県の県域が確定し、自由民権運動(じゆうみんけんうんどう)の興隆の中で、その後の方向を決める活発な議論が県会(けんかい)でなされていたことなどを紹介します。このころ石油産業がおこり、近代工業が芽生え発展していったことも示します。
明治以降、女性もさまざまな分野で活躍しました。女性の解放、男女の平等をめざし、社会に進出した新潟県の女性たちの力強さを、戦後の婦人参政権(ふじんさんせいけん)実現までのあゆみの中で紹介します。
交通の変化にも目覚ましいものがありました。河川から鉄道へ交通機関の主流が移り変わる中で、県内から県外へとネットワークが広がり、県民の生活も大きく変わっていったことを紹介します。また、相次ぐ水害の対策として大河津分水(おおこうづぶんすい)がつくられ、長年の念願だった治水が達成されて、県内産業のさらなる発展の土台ができあがったことを示します。
しかし、昭和前半には、新潟県民も第二次世界大戦にまきこまれました。ここでは、満州(まんしゅう)へ渡った県民の姿や、県土を襲った空襲の悲惨さなどを示します。
戦後になるとさまざまな改革が行われましたが、ここでは特に、戦前の農民運動の成果を受けた新潟県で農地改革(のうちかいかく)が徹底して実施され、新しい自作農(じさくのう)により農村が活気に満ちあふれたことを紹介します。
次ぎに、戦後の復興から高度経済成長(こうどけいざいせいちょう)期にかけて、新潟県も目覚ましい経済発展を遂げた一方で、そのひずみが過疎(かそ)や公害といった問題をも引き起こしてることを紹介します。最後は、これからの新潟が自らの美しい環境を守りつつ、日本海地域の拠点として新たに発展することを期待し、明るい希望の中で、『新潟県のあゆみ』は幕を閉じます。